「恋人同士で過ごすのは今日で最後にしよう」と言ったら、「私も同じこと言おうとしてた」と彼女はいたずらっぽく笑った。乃木坂でのクリスマスディナーの帰り道。今夜はタトラスのダウンを突き抜けるほどに寒くて、でもポケットには婚約指輪が入っていた。僕らが恋人同士でなくなるまで、あと10分。
— 麻布競馬場 (@63cities) December 24, 2022
彼女とは慶應のテニサーの新歓で出会った。出会ったときから、僕は彼女と結婚するのだと決めた。周囲にそう言ったら笑われた。彼女はミスコンにも誘われるような美人だった。でも僕は本気だった。ダイエットをした。バイトをして服も買った。でも駄目だった。彼女はデートにすら行ってくれなかった。
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努力してもブサメンはどうしようもないのだと悟った。代わりに就活をガチって野村のIBに入った。社費でアメリカに行ってMBAを取った。帰国してすぐ外コンに転職した。八丁堀のタワマンから六本木一丁目のタワマンに引っ越した。カッシーナの家具に囲まれた部屋からは東京タワーがありありと見えた。
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その場から逃れようとトイレに行ったらドアの前に彼女がいた。相変わらず美人で見とれてしまった。久しぶり、と言ったら、久しぶり、と返ってきた。何度LINEをしても「その日はおばあちゃんち行かなきゃ😭」と躱され続けた日々を思い出して、でも勇気を出して食事に誘った。いいよ、と返ってきた。
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いま振り返ると恥ずかしいくらいに気合の入った初デートだった。夏の暑い夜だった。一休で予約した西麻布のお店ではデザートの時間になると僕ら以外の全員が誕生日のサプライズをやった。彼女は笑っていた。その笑顔があまりにもきれいで、僕は勢い余って告白してしまった。いいよ、と返ってきた。
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目が覚めたときに見える家の天井すらも輝いて見えた。人生で初めての彼女だった。それまで僕のお金目当てで寄ってきた下品な女たちとは明らかに違った。大手とはいえ日系勤務でお金はないだろうに、彼女はいつだって割り勘にしようと申し出て、バッグやらアクセサリーやらを欲しがることもしなかった。
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そうなると僕は困ってしまった。お金だけが僕の取り柄だった。そう素直に言うと「別にこのままでいいよ」と彼女は言った。泣きそうになるくらい気持ちが軽くなった。ありのままの自分を人に受け入れてもらうのが不安で、それでいつも努力して生きてきた。このままでいいのだと、生まれて初めて思えた。
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彼女と生きてゆきたい。ありのままの自分のままで生きてゆきたい。そう思ううちに想いは降り積もって、気付けば僕はハリー・ウィンストンで婚約指輪を買っていた。付き合って半年ほど。少し早いけど僕らはもう30歳だし、子供のことなんかを考えると遅すぎるくらいだし、実家のお母さんも喜ぶだろうし…
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「恋人同士で過ごすのは今日で最後にしよう」と言われたとき、鼓動が急に大きくなった。「私も同じこと言おうとしてた」私は平静を装って、いつも通りいたずらっぽく笑ってやった。乃木坂でのクリスマスディナーの帰り道。今日で最後にしようと決めていた。私たちが恋人同士でなくなるまで、あと10分。
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Source: オタクニュース